蒸し暑い日々は過ぎ去ったが、なぜか日中は暑い日々が続く。天気予報覗くと日中の最高気温は30度前後。秋はこんなに暑かったの?又夏に逆戻りしているような感覚。ここはタイかベトナムか?

鈴虫の音でも聴いて涼んでくだちゃい
https://news.yahoo.co.jp/articles/115e06bfbc2f483e37353606d0eb92864e6881db
豊穣の秋でもあるが。我が家の柿は不作、みかんはまぁまぁ。





秋といえば夕焼け。子供の頃の夕焼けは本当に綺麗だった。顔に夕焼けが映えて顔も赤く見えるほど。正しく童謡そのももの光景、今は観られなくななってしまった。空気の汚染は今はそんなに酷いとは思われないのだが、子供の頃の残像の夕焼けはもう二度とみられないようだ。
秋と言えば秋祭り。今は祭りと言っても花火のけたたましい音が突然真昼間に聞こえる程度。完全に秋祭りの風習は絶滅した。私の記憶に残る秋祭りは今思うと凄かったな~。神社の通路に屋台の出店がいっぱい、その屋台に群がる子供連れの村人の群集。夜は神社の広場で本物の役者が舞台を演じた。村人は昼間、良い席を陣取るためにむしろを挽いて陣取りするのだ。出し物は悲劇の忠太郎とかが出てくるヤクザの息子が親を訪ねるあの有名な(名前忘れたが)演劇。今思うと、私らの幼少の頃の秋祭りは、昭和の映画そのものであった。
秋祭りにはもうひとつ大きな楽しみがあった。村ごとに祭りの開催時期が重らないように少しづつずらしている。祭りには、ちらし寿司、巻き寿司、押し寿司等々、贅沢な魚料理とか1年で一番贅沢な料理を各家庭でつくる。少しづつ時期をずらした祭りに、各家庭はこの祭りのごちそうにあずかるべく、近所の親戚の村々に出かけて飲み食い三昧。父親の兄弟は多かったので、このごちそうにあずかるべく、祭りのはしごで大変だった。秋祭りとは、近所の村々の祭りを、親戚で共有するという大イベントが続く季節だった。当時としては楽しみといえば、正月、盆、そしてこの祭りくらいしか無かったから凄かった。
昔の昭和時代の楽しかった秋の思い出の残像は、今思うと懐かしい。いつの頃から、あの風習が無くなったのか。時代の流れは遡れないが、昼間の拳銃の暴発音にしか聴こえない花火の音だけの秋祭り。今の子供には秋祭りの記憶は、マイナスの残像のみが刻まれていくのだろうな。